「あは。いっぱいします?」

「いいんですか?」

「うん。」

「ありがとうございます。」
そんなあっさりした反応で。
部屋帰って少し時間があって。外したっぽい。そんな風に考え出した頃にドア叩いて。
ドア開けたら、雪舞ってる中に上気した顔の彼女がいて。全部、着てくれてて。
身長大体このくらい、で決めたサイズ、ちょっと大きめで。それが可愛くて。顔緩んだ。
彼女の髪に乗った雪払って。
「気に入った?」
聞いたら何度も頷いてくれて。やっと安心して。
部屋でコート脱いで、オレンジのフリースとジーンズ姿になった彼女。微妙に照れてて。

「どしたの?」

「こういうの、初めてだから。何か。」
はにかんで、視線落として。

「クリスマスとかも、久しぶりだから。」

ちょっと湿った声になって、慌てた。
頭に手乗っけて。
「泣くなー。」
先に言って。でもちょっと涙流れた頬、親指で払って。

「泣くの禁止。」

「嬉しいからだもん。」

「それでも禁止。」

「…はい。」

無理矢理言わせて。
よし。とばかりに髪撫でてたら、飛びつかれて。不意突かれて、受け止めたけど、よろけて。
抱き締められて。
「あは。もう少し。」
が何度もあって。なかなか離れてくれなくて、困った。
お婆さんにも、一日遅れですいませんと言って、フリースと膝掛けを渡した。

「私にまでかい?」

「クリスマスですから。」
笑って受け取ってくれて。喜んでくれた。
お互い名前で呼んだ事が殆ど無いので、文章にすると何度も名前書かなきゃで、
違和感があるというか、何か恥ずかしいというか。とりあえずこのままで。
平成十一年です。七年前ですね。
年明けからの俺は、毎日必死だった。施設実習が始まったから。
医療系専門学校の介護福祉科。ボランティアでの単位取得と実習の連続で。
一月中頃から二週間のボランティア。そしてその直後、二月の初旬に後期の定期試験。
解らない事だらけの現場。頭に入らない試験勉強。かなりきつい状態で。
受け入れ先は精神科の専門病院で。隔離棟入ると、身の危険感じるような状況もあって。
人間相手の事だから、腹立ったり、いらつく事もあって。切れかかったりって事もあって。
でも彼女の前で辛さや怒りを見せる訳にはいかなくて。家帰るまでに、何とか顔を元に戻して。
家帰って彼女が来てくれて。
「お帰りなさい。」
その一言でやっと、和んで。緩んで。
実習記録の整理してると、少し距離おいて、お互いの視界に入る所に座ってて。
壁もたれて、小説とか読んでて。ふと顔上げると、目があったりで。多分、様子伺ってて。
記録の整理して。試験勉強して。一段落。ノート閉じたら、近寄ってきて。横座って。
話したり。話さなかったり。ぼー…っとテレビ見てたり。特に何するでなく時間が過ぎて。
そんな何でもない時間が俺には大事な時間で。その時間を彼女が作ってくれてて。
おかげで実習何とか乗り切って、試験の結果も出て。何とか踏みとどまる。そんな感じで。
進級が確定した時は、虚脱して。
「大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよね?」
何度も聞かれて。

「大丈夫。」
何度も答えて。結局心配掛けてるなと、微妙にへこんだ。
けどとりあえずの不安が去って、補修も無いし出席も足りてるしで気楽に学校も行けて。
ちょっと抜けた感じの生活。俺は朝一の講義を取る必要が無くて、夜更かししてた。
いつもは十時くらいには帰る彼女が、その日は帰らなくて。横で静かに本読み続けてて。
ちょっと眠そうにしながら、時々、時計気にして。十二時回ったところで、立った。

「あ、帰る?」

「まだ。」
壁に掛けてあったコートから何か、引っ張り出して。横、来て。

「はい。」

「何?」

「チョコ。」

「え?」

「十四日になったから。」

「え?」

青い包装紙の箱受け取ってもまだ、合点がいかなくて。時計指さされて。確認して。

「二月十四日。」

「あ。」
やっと理解して。ちょっと何か、固まって。

「カノジョですから。」
貰っていいの、とか聞く前に自分で言って。笑って。

「これで私が一番、先。」

「一番?」

「お兄ちゃんが誰かに貰うかも知れないから。」

「これ、後先って関係ある?」

「あは。なんかやだから。」
また、笑って。
彼女がそう思うならそうなのかなと思って。
「ありがと。」
どうにかお礼言って。

「ちゃんとお返しするから。」
そう言ったけどちょっと首振って。

「聞いてもいいですか?」

「何?」

「答えてくれますか?」

「だから、何?」

「答えてくれるんなら、聞きます。」

「答える。」

「じゃ、聞きます。」

ちょっと間置いて。
「私の事、好きですか?」
探るように、聞かれて。

「…うん、好き、だし、大切。」
急激に乾いた喉からやっと声絞り出して。大きく息吐いて。
何も言わずに、肩に頭、乗っけてきて。手、探られて。握って。汗ばんだ手が凄く暖かで。
お互い言葉出なくて。何時だったか忘れたけど彼女の
「あ。寝なきゃ。」
って声に頷いて。
彼女が部屋の中入るまで見送って。部屋で一人、チョコの箱見てて。開けられなくて。
冷蔵庫にしまい込んで。色々考え初めて。頭グツグツ煮えて。殆ど寝られず学校行って。
学校の女の子は俺にはカノジョがいると知ってたので、彼女が心配したような事は無かった。
その時貰ったチョコは何か勿体なくて、食べられなくて。封も切れなくて。
何日か冷蔵庫でご本尊のような扱いを受けていたのを学校から帰った彼女に発見されて。
怒って珍しく大声で
「何で!!」
そう言ったきり部屋の隅座って、涙目になって。
慌てて謝りながら彼女の目の前で食べて。その後も無視られながらの弁解に必死で。
視線くれるのにもかなり時間かかって。口開いてくれたのは十時回った頃で。

「マジ何でもするから、許して。」

「…何でも?」

「出来る事なら。」

「本当にですか?」

「する。するから。」

「じゃ、もう一回聞きますから答えてください。」

「え?」

「私の事、好きですか?」

まだ責めるような目で。一瞬躊躇したけど同じに答えて。

「…好き。だし、大切。」
その一言で彼女は頷いて、やっと顔緩めてくれて。

「あは。安心しました。」
その笑顔でまた、とんでもなく悪い事をしたような気分になって。
思わず謝ったら
「もう許してます。」
そう言って、立って横来て。腕持って。

「また今度聞きます。」

「え?」

「言って貰ったら嬉しいから。」
ちょっと顔ほてらせて。
頷いたら、やたら嬉しそうに笑って。またその顔で自分が悪い事した気分になった。
いらないとは言われたけど、ホワイトデーには一応、クッキーを渡した。
彼女は
「食べなかったら怒りますよね?」
そんな事言って。悪戯っぽく笑って。

「何でもするって言うまで許さない。」
そう答えたら
「あは。ちょっと怖い。」

何が怖いのか聞こうかと思ったけど、既にちょっと赤かったから、やめた。
進級して二年生になった彼女は、お婆さんと毎日のように進路の事話していて。
お婆さんは、高校くらいは出ていないと仕事探しにも苦労するのではと心配していて。
彼女が小学生の頃から中学出たら働くと言っているのを、なんとか説得してと頼まれて。
俺の言う事なら聞くかもしれないと言われて、その気になって。軽く引き受けた。
それとなく色々話振ったけど、頑固で。とにかく早く中学出て働きたいとしか言わなくて。
高校は出るのが普通。俺はそう思い込んでいて。口にはしないけど、変だとまで思ってて。
焦る事無いとか、しっかり考えてからとか、解ったような事言い過ぎたかもしれないし、
他にも何か気に障る事があったのかもしれない。けど直接の引き金は、俺の無神経な一言で。

「早く働きたい理由って何?」
それで、彼女の顔からすっと表情消えて。

「…おかね、ないからですけど。」
抑揚の無い声で。冷たくて。細い針のような言葉で。
真っ直ぐ見据えられて。返す言葉が無くて。思わず目をそらしたら、彼女も視線落として。
お互いそのまま、動けなくて。彼女が黙って帰ろうとしても、言葉をかけられなくて。
それ以来、進学とか就職の話は、俺には出来なくなって。お婆さんには謝って。
お婆さんも、彼女が言った言葉を聞くと、辛そうで。言葉無くしてて。謝られて。
まだ気変りがあるかもしれないから、とりあえず触れない。そんな感じで、先送りになって。
俺が手を出せる事じゃなくて。その力も無くて。情けなくて。浮ついていた気持ちも吹き飛んで。
彼女が毎日、俺の部屋に来るのは変わらなかったけど、一緒にいても空気重くて。
会話しててもぎこちなくて。謝っていいのか、それも解らなくて。部屋に居づらくて。
なのに家帰った時、彼女が来てくれると安心して。そんな日が続いて。
でも帰った時、通路にいた彼女が普通に
「お帰りなさい。」
そう言ってくれて。
何日かぶりの事で。俺もなんとか
「ただいま。」
言えて。笑ってくれて。
一緒に部屋入って。定位置にいつも通り座って。それでやっと、重さが少し散った気がした。
家の事は彼女が置かれている現実で。多分、色々と考える事が多い時期で。
あの時はまだ、俺みたいな他人に踏み込まれるのは嫌だったんだと思う。
明確に一線を引かれて。その事に関してはそれ以上、知る事も拒否された感じで。
どうにかしたくても、仕送りとバイトで生活させて貰ってた身ではどうにも出来なくて。
まずちゃんと資格取って卒業して就職しよう。殆ど考えもしないで、そう結論出して。
職に就いたからと言って、何か出来る事があるのかどうかは解らなかったけど、
とりあえずそれに集中しようと言う、ほとんど逃避のような状態で、そう決めた。
半月くらいすると、彼女とは元通りというかそれまで通り。表面的にはそう戻ることが出来て。
俺がのんびりしてる時は必ず横にいて。色々話して。よく笑って。時々甘えて。
たまに怒って、拗ねて。許して貰うのに時間かかって。でもそれも、甘えてるのと一緒で。
結局は、ちょっとじゃれついてきたり、長居する口実。それはそれで、可愛くて。
学校か実習行ってバイトして帰って、彼女がいて。その繰り返しの毎日はとにかく早く過ぎて。
春先からもう就職活動の準備初めて、色々やってるうちに彼女の誕生日が近づいて。
また何か、とは思ったけど今の状況ではどうなんだろうとそんな事考えてる時。
不意に
「お願いしていいですか。」
なんて言いだして。それまでには無くて。ちょっと意外で。

「何?」

「行きたい所があります。」

「どこ?」
聞くと、お母さんのお墓で。
命日には行きたい。けどお婆さんは
「何度も泣きたくない。」
と渋ってて。
電車賃は貰ったけど一人で行くのは初めてだから不安で。いつ言おうか迷ってた。
そんな事言われて。
「行こ。」
それだけ言うと、
「よかった。」
って、笑ってくれて。
バイトの出勤表二人で見て、行く日はすぐに決まった。六月中旬の土曜。何日か前倒しだった。
朝少し早起きして。顔剃って、風呂入って。
何となく、儀式の前のような、そんな気がして。普通の格好だけど身綺麗にはした。
約束の時間にドア叩いた彼女は、無地のTシャツにジーンズ姿で。どちらも少し、緩めで。
そのせいか、いつもより少し小さく見えて。髪も、その日は結んでなくて。
肩口までの髪、サラサラ遊ばせてて。そのせいもあってか、少し幼く見えた。

「おはよ。」

「おはようございます。」
そう言っただけで、すぐ出発して。
駅まで歩いて、朝八時四十何分だったかの電車に乗って、席取れて。
電車の中では、彼女は酔うのを怖がって、殆ど目閉じて、眠ってしまおうとしてて。
邪魔しない方がいいんだろうなと思って、話しかけるのはやめておいた。
特急乗って一時間半くらい。少し待って乗り換えて、汽車で四十五分くらい。
窓の外の景色がだんだん山奥になっていって。山と川と崖ばかりの風景になって。
お母さんの納骨の時は、車の外なんか殆ど見えて無くて、こんな所だったんだって驚いて。
景色は確かに綺麗なんだけど、線路沿いの民家がかなりまばらで。何か寂しげで。
降りた駅も無人だったし、駅すぐ横のバス停、日に三つとか四つしか時刻書いて無くて。
人通りとか全く無くて。これは確かに、一人で来るのはちょっと不安かなと思った。
道は彼女が覚えていて、まっすぐお寺まで行って。お墓の前立つと、妙に緊張して。
作法とか知らなくて。見よう見まねでお墓洗って。水取りかえて。少し、手合わせて。
彼女がそのまま動かないのを、半歩くらい後ろで待ってて。振り返った彼女は、笑ってて。

「帰る。」

「もういいの?」

「泣くかも。」

「いいよ。」

「禁止だもん。」

言い終わるより早く、歩き出してて。何度か振り返って、お寺出て。駅戻った。
帰りの汽車まで一時間半待ちくらいで。屋根はあっても直射日光浴びまくりで。
時間潰すのと、暑さをちょっとでも避けるために、涼しいとこ探して散歩する事になって。
木が茂ってる林道みたいな所でベンチ見つけて座ると、彼女が突然、話し出した。
ここがお婆さんの里で、お母さんが育った所でもあると言う事。
彼女のお爺さんも若い頃に亡くなっていて、お婆さんが女手一つで育てたと言う事。
お父さんとお母さんはご近所さんで、二十一歳と十七歳で結婚したと言う事。
お母さんが二十歳の時に、彼女が生まれて、名前はお父さんが決めたと言う事。
彼女も、小さい頃はこの町に住んでいたと言う事。勿論全然覚えてないと言う事。
お父さんは、林業と運送をしてたと言う事。二十七歳の時、事故で亡くなったと言う事。
車両や道具の借金(ローン?)が払えなくなって、自己破産して三人でこの町を出たと言う事。
お父さんが亡くなると、お父さんの家とは縁が切れてしまったとしまったと言う事。
お母さんが元気な頃は、期間工として精密機械とかの工場で働いていたと言う事。
工場の寮に三人で住んで、工場が変わるたびに引っ越しと転校をしたと言う事。
お母さんが倒れて、その時いた工場の寮にいられなくなったのが、今の町だと言う事。
アパートを借りたら、お母さんの貯金はもう殆ど残っていなかったと言う事。
お婆さんが働いたけど、お婆さんも体を悪くしてすぐ辞める事になってしまったと言う事。
蓄えが無くなって、生活保護を受けるようになって、今のアパート移ったと言う事。
福祉課の担当さんの尽力と大家さんの厚意で、敷金礼金なんてのも無かったと言う事。
誰が何を言っても、お母さんは絶対に病院に行かなかったと言う事。
彼女を一時的に施設に預けては、と言う話が出た時、お母さんが拒絶したと言う事。
お母さんが時々アルバムの写真を見ながら、お父さんの事を話してくれたと言う事。
その時のお母さんは本当に楽しそうだったと言う事。

「楽しい思い出がたくさんあるの。」
口癖のように、そう言っていたと言う事。

「楽しい時があるからね。」
そう言って抱き締めてくれたと言う事。
お母さんと最後に話した時
「お兄ちゃんにお礼、言ってね。」
そう言っていたと言う事。
記憶と聞いた話を彼女の中で整理しながら、ゆっくり話してくれた。
何で話すのか。どんな顔してればいいのか。解らなくて。彼女の方に視線、向けられなかった。
一度話すの止めて、少しして。
「…お母さん、羨ましかったです。」
ぽつんと言って。

「楽しい事とか、無かったから。ホントかなって。」
そのまま、暫く黙って。
思わず、肩に手乗っけたら、頷いて。下ろそうとした手、取られた。

「あは。ホントだったんですけどね。」
木漏れ日に照らされた笑顔が、眩しくて。

「優しくして貰って、始めて嬉しかったし。」

「…始めて?」

「みんな、お母さんのついでだったから。」

またちょっと顔曇らせて。
お母さんは綺麗な人だったから、下心持って近付く男性もいたみたいで。
家の状況知ると、親切めかして経済的な援助を持ちかけたり、お金でつろうとしたり。
彼女に対しても何か買ってくれたり食べさせてくれたりって事もあったけど、
お母さんが交際を断るとぷっつり来なくなったり、怒ったり。仕事首になったりもして。
そんな事が何回かあると、彼女も幼いながらに嫌悪感みたいなものを感じて。
小学校の時の優しい先生も、お母さん前にして話す時といつもとは違ってて。
その何か変な感覚が、凄く嫌で。男の人ってみんなそうなのかなと、思ったらしくて。
男性に優しくされたり、親切にされたりって事自体を警戒するようになった。
でも何故か俺には、その警戒感を感じなかったらしくて。あれ?って感じで普通に話せて。
お母さんに対しても彼女に対しても、普通。この人は大丈夫。そう思ったらしくて。
そこまで話して、彼女は俺見上げて。少し顔緩めたかと思ったら、くいくい手引いて。

「ねぇ。お兄ちゃんがやさしいのって、何でですか?」
突然そんな事言い出して。

「何で?」

「ん?」

「何で優しいんですか?」

「んー?」

「なんで?」

「んー…?」

だんだん、声に甘えが含まれてきてて。
「なんで、ですか?」
上目遣いで。揺さぶられて。
あれこれ考えるのも面倒だし、思い浮かばないし。だったらもういいやって感じで。

「好きだから。」

「…あは。」

「これでいい?」

返事せずに、腕に掴まって。
結局言わされたというか。誘導されたというか。またか、って感じではあったけど、
重い話の後だったから、それがなんとなく和らいで、助かった。